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コラム

絆@

※保護者会 12月9日(日)に講演した内容です。

感謝

お手紙を頂戴しました。
『今年もあとわずかとなりました。お元気でお過ごしの事と存じます。3月に東京に引越ししました。昨日、3者面談が学校でありまして、過去最高の内申点41−45を取る事ができました。1年生の12月にジェイ・サチ塾にお世話になり始めた時は29でしたので、ここまで上がるとは本人も親も思っていませんでした。しばらく東京でも塾に行っていましたけど「あれなら家で勉強しても同じ。塾の先生は答えを見ながらしか説明しない。」と本人が言う事もあり、ピアノの時間を増した事もあって、夏過ぎには塾を辞めてしまいました。受験生にしては少なすぎる勉強時間、平均すると3時間でしょうか。で、なんとか成績アップに繋げる事ができたのは、さち子先生はじめ皆さんに教えられた、徹底的な復習と集中力のおかげです。ありがとうございました。学年順位は100人中3番。女子では1番となる事ができました。鉛筆、間違いノート、これは本当に力が付きました。重ねて御礼申し上げます。9月の模試の時点では、まだまだ国語が安定しなかったのですが、さち子先生に教えて頂いたものを「これ、やりなさい。」と言いました。』
「小学生4年生までもどってやるように。」って言う事で、東京の方に引っ越しなさった方ですが、『これをこつこつやる事によって国語の偏差値が15もアップしました。ついでながら、東京都の作文で優秀賞を頂き、読書感想文も区の代表になる事ができました。子供はどこまで伸びるかわかりませんね。さち子先生と塾に出会わなかったら、ここまで伸びる事はなかったと思います。保護者会での先生方のお話、またお聴きしたいです。ジェイ・サチは先生方の熱意・力量・温かさ・静かさ・綺麗さどれを取っても最高です。あと2ヶ月、ピアノ中心ですが、』ピアノというのは3時間から5時間毎日練習なさっている方です。その間に3時間勉強しているのですね。『ピアノ中心ですが、勉強も気を抜かず頑張って欲しいと思います。本当にここまでこられたのはジェイ・サチのおかげです。』っていう事で、ちょっと私達も歯がゆいお言葉も頂いておりますけれども、ちょっと恥ずかしいお言葉も頂いていますが、本当に嬉しいお便りでした。

「勉強させた方がいい。」

なかなかお家での家庭学習ができなくて、それはピアノ中心でやっておられますので、ここの塾のテキストを解く事ができませんでした。しかし、東京芸大とかトップの大学を目指している子なのですね。それで、「で、あるならば、センターテストも受けていかなきゃいけない。ピアノだけではダメだ。そして愛知県芸を受けていく生徒達で落ちてくる生徒は、あのセンターテストが半分しか取れない。だから、センターテストを6割以上取る為に1年間、私共で塾で予備校で過ごす人もいるんですよ。」っていう話をずーっとして「勉強させた方がいい。」っていう話をしました。その時からこのジェイ・サチの塾のテキストを2時間、そして後の1時間を間違いノートに切り替えてやるようになりました。
このお父様、本を読まれるのが大好きで読んでくださって、あの『流れる星は生きている』っていう『星は生きている』っていう本を読んだ時に、またすぐお電話頂戴しました。何かと言いますと、「娘のピアノの音色が変わりました。非常にやさしい音を弾き語れるようになりました。ソルフェージュもそうです。子供達の心を変えていく滋養となる、栄養となるっていうのは本とか言葉とか回りの目線とか、そういう物ですね。先生、本当ありがとう。」っというお電話を頂きまして。目的はピアノ、そしてまあ塾に来ている時だけ学校の事をやるっていうふうでお出でになったのが、ちょっと生活を変えました。この作文とかでトップになられたっていうのは非常によかったと思います。

『蚊帳』

30年前からこの個別指導をしてきて、本当にお母様、お父様達のご協力でいろんな子が誕生してます。この間、森先生が『かや』あの『蚊帳』わかりますよね、蚊をよける為に入っていたって。私小さい時に入っていたんですが、それが「新聞記事に載ったよ。」っていう事で、そいでふっと思い出した生徒のお話を1つ、まずお話します。
『蚊帳』なんでと言いますと、この子はある市町村、これ柏森校の方なんですが、まあ柏森校が30年前に開きましたので古い生徒が向こうにいるわけです。その地区では初めて名古屋大学に進みました。名大の工学部の大学院まで進んだお子さんです。非常にお母さん達もその我が家から名古屋大学に入れたという事で喜んで頂いて、小さい時から来ました。非常にあのなんて言うんだろう、おとなしい男の子でした。それがある時私のところに手紙が届きました。『先生、今、アフリカに居ます。2年間のボランティアでアフリカの子供達に数学を教えています。英語力も役に立っていますよ』っというお手紙でした。次、お手紙ではなくてお母さんが飛び込んでらっしゃいました。「先生、息子がマラリアで命がなくなるかもしれません。」お母さんが飛んでらっしゃった。私も『マラリア、これどうしたらいいんだろう。何が要るのだろう。』「いやもうショックで寝込みそうです。」ってお母さんが言われて『あの子助けるのにどうするかなぁー』ってもうかけ離れていた日本で優雅に暮しておりますので、どうしたらいいかという事でいろんな本を読んだりしました。そして『とにかく蚊を近づけない事がいいのだろう』と簡単に思いまして、蚊帳を探し始めました。ちょうど近くのお布団屋さんとかにはもう在庫が無くて、20年ぐらい前ですので、松坂屋さんに言って●●のお布団屋さんから調達をしてもらいました。グリーンの蚊帳です。それをアフリカの方に送りました。その後どうなったかっていうのはちょっと私わかりませんでしたが、次手紙が来た時は『本当に蚊帳は助かりました。先生、生きてますよ。』で、お正月の年賀状だったんですが、『喜望峰で泳いでいます。早く帰ってきたほうがいいなぁーって先生思っているかもしれないけど、後2年間、僕ここで算数やら数学を教える。だから、日本には帰りません。』っていうお手紙を頂きました。この時お母さんがお礼に見えて「本当に先生ありがとう。私は母親だけど、母親の以上の代わりをしてくれて本当にありがとう。」これなぜ思い出したかと言いますと、一昨日ここでチーフミーティングをしました。現在、ジェイ・サチというのは、まあ私達の母から言わせれば「本当に真面目に仕事をしてきたおかげだね。先生達も真面目に仕事をしてきたからこうなったんだね。」って言ってくれるようになったんですが、3つの教室で750の生徒達をかかえています。この冬期講習を前に、それから南山小の受験を前にいろんな受験を前に先生達の志気が少しでも歪んではいけないという事でチーフミーティングをしました。
「お母さんよりもお父さんよりももっと近くに私達先生がいなければいけない。まずいけないならば、お父さんとお母さんと同等の距離に私達がいなければいけない。そして、お父さんやお母さんがもし諦めたとしてしまっても、私達は諦めてはいけない。」