※保護者会5月13日(日)に講演された内容です。
科学雑誌『ネイチャー』がございます。前回渡米致しました時に、2冊ほど買って参りました。面白いですよ、読まれると。『へぇーこんな新しい発見があるんだ。』この98年のこの『ネイチャー』にこういうのがあったそうです。ゲームをする事により脳内の線条体というところがあるのですが、線条体と呼ばれる領域で、神経伝達物質のドーパミンの放出が著しく増加する。
ドーパピンは例えば前頭全野にバァーっと出てくると、その前頭全野の働きがしっかりしてればやる気に繋がっていきます。しかし、ゲームとかたくさんやっている子達は、この前頭全野の発達がちょっと後れて参りますから、そのドーパミンがそこに降り注がれてもやる気に繋がっていかない。
その『線条体』が僕どこかわからないのですけども、例えばその線条体のドーパミンの放出っていうのが、快感と非常に結びついているそうです。覚せい剤とかコカインとか中枢刺激性麻薬でも同じ様な事が起こるわけですね。つまり、ゲームをやっているっていう状態は麻薬をやっているのと同じ状態になっていくというのがいくつかの事例で出ております。
例えば、覚せい剤の中に『アンフェタミン』と言うのがあるそうです。これを静脈に注射しますとドーパミンの放出が2.3倍になるそうです。これ覚せい剤の静脈注射です。静脈に入れますから、もうたちまち効いてくわけですね。この実験では戦車を、このゲームですね。戦車を操作して敵を打つゲームを50分間やった時に、そのゲームを50分間やった時に、これがドーパミンの放出が2.0倍。覚せい剤と同じぐらいそのドーパミンが出て非常な快感を覚えてしまって、それを1度経験するとそこからなかなか抜け出せない。このオルザックっていう博士も実はそこにはまったそうです。目が覚めたらひたすらゲームやるのです。いつの間にかそのゲームやるコンピューターの前で寝て、うつ伏せに寝てしまって、そして目が覚めたらまたやる。もう次の日の仕事とかどうでもよくなるそうです。そしてそのコンピューターの前で寝ているときに亡くなったご主人が起こしてくれて『ああ、これじゃいけない』って事で、我に返ってからまた普通の仕事にね、生活に戻られたそうです。
そういう危険性があるっていうのが、この科学雑誌『ネイチャー』の中で、今、それはいろいろ研究なさっているいろんな大学関係者の方、南山大学でもやられているそうですけども、そういう事を聞いております。
EUの方ではこれは法律で規制していこうという動きが出てきているそうです。しかし日本が最初にやらないといけない。どうしてか?日本がゲーム機を作りますから。ゲームのソフトを作っておりますから。早くその関係者の方、その事に気付いて頂いて、『このソフトは、何歳以上は、何歳以下はやっちゃいけない』とか、できれもう攻撃的な事はやめて欲しい。どうしてかといいますと、これは例えば、戦争みたいな、人を叩いたり、蹴ったりそういった状態ですと戦争の疑似体験をしますから、戦争っていうのは、もう自分が先にやらないと自分がやられちゃいますから、もう理屈は必要ないです。とにかく相手をやっつける。そうすると、弱者への共感とか、そこら辺の脳を閉じてしまうのですね。これよくわかります。それがゲームでずーっとそういう状態になっていくと昨年から騒がれておりますイジメの問題とかまさにそうですね。だからこういう事が判ってきているわけですから、もっともっと法的な拘束力がないと、もう日本人はやめていきませんから。
実はこういう話がございました。これは東京のある私立大学でございます。そこから毎年イギリスの方に語学研修、語学留学を送り出します。ホテルとかに泊まるよりも一般家庭にホームステイした方がこの英語を話す機会が多ございますから、そういう宿泊施設をわざわざお願いしている。最近そのホストファミリーからたくさんクレームがくるそうです。どうしてか?日本から来た若者の中には、好きな時に寝て、好きな時に起きる。好きな時にご飯を食べる。朝、挨拶もできない。そうじゃなくて、「せっかく来たのだから一緒にお話しましょう。きちんと挨拶して」と言うと「いや、僕は宿泊費を払っているから、そんなあなたに合わせる必要はありません。」と言う子供達もいるそうです。
それは、ゲームでずーっとやっていったらそれ普通になっていって、本来育たないといけない社会性が育っていっていかない。
今回のこの記事を見まして、まさにそれが確信したのですね。このゲームソフトの内容によってさらに非人間的な子供達が育っていく。もうこれは日本だけじゃなくて、もうアメリカでも物凄くゲーム依存症が増えているそうです。だから早くなんとかしていかないといけないと実感致しました。これを前提にしていかないとやはり家族力とか、家族って言うのは社会生活の最初の1番小さな社会性を身に付ける1番小さな集まりですから。その中でゲームをし、それが日常生活になっていたら、これは当然育つ能力が育たないまま。お父さん、お母さん達の気持ちも汲み取れない。もうひたすら自分中心の生活。
だから、日本の戦後の教育っていうのが自己の確立、個人の尊重って言うのを非常に重視して参りました。それに伴う責任と言うのも私達はどうもちょっと子供達に強調するのをおろそかにしていたような気が致しますね。
家族というのはみんなで話をするものが家族だから。
